ももクロ&アイドル blog (by中西理)

ももいろクローバーZとアイドルを考えるブログ

渡辺源四郎商店「夜の行進」

渡辺源四郎商店「夜の行進」こまばアゴラ劇場)を観劇。

 作・演出:畑澤聖悟
 舞台監督:藤本一喜 照明:岩城保[青年団] 照明OP.:葛西大志[劇団夢遊病社]
 音響:藤平美保子 舞台美術:三浦孝治[ARTS LABO] 大道具:男学校
 宣伝美術:木村正幸[ESPACE] 宣伝美術協力:中畑夕紀[ARTS LABO]
 制作:渡辺源四郎商店
 出演:
 久保りつ :遠山みち(72 カミサマ)
 萱森由介 :安部耕平(28 カミサマの助手)
 宮越昭司[劇団雪の会] :佐嶋金治郎(78 佐嶋家当主)
 森内美由紀:佐嶋しのぶ(38 金治郎の長女)
 藤本英円 :佐嶋 明(32 金治郎の長男)
 工藤由佳子:村上沙織(32 ヘルパー)
 佐藤誠  :村上武史(34 沙織の夫)

 佐嶋さと子(享年38 金治郎の妻、しのぶと明の母)

弘前劇場を退団した畑澤聖悟が新たに旗揚げした演劇プロデュースユニットが渡辺源四郎商店である。準備公演と称して弘前劇場時代に書き下ろした「俺の屍を超えていけ」を上演しているが、この集団に書き下ろした新作はこれが初めてで、今回の舞台は実質的な旗揚げ公演となった。
 新集団のスタートということになれば弘前劇場時代とどう違うのだろうということが、どうしても興味の中心になるわけだが、今回の作品に関していえば作品の方向性そのものではあくまで弘前劇場時代に畑澤が上演してきた作品の延長線上にあるもので、それほど大きな変化はないと思われた。
 もっとも、例えば以前に劇団健康を解散してKERAナイロン100℃を旗揚げした時も最初はナンセンスコメディからスタートして、なにが違うんだろうと首を捻ったこともあるから、それは今後少しずつということになるんだろうと思う。
 もっともびっくりさせられたのは今回のキャスティングである。実は畑澤の弘前劇場最後の作品となった前作「ケンちゃんの贈りもの」で70代半ばの驚異の新人、宮越昭司が登場して実際に老齢の人だけが演じられるリアルな老人の演技、そして存在感に驚嘆させられたのだが、今回も畑澤は大いなるサプライズを私たちの前に用意してくれた。
 この芝居の主役となるカミサマを演じた久保りつ。今度は72歳の驚嘆の新人女優である。この物語は久保と宮越の2人にあてて書いたとしか思えない内容で、おそらくこのキャスティングでなければ成立しない芝居だった。
 日本の小劇場演劇の弱点は高齢の俳優がいないことで、一方で新劇の劇団にはベテランの俳優はいるのだけれどなまじ経験が豊富で演技の技術にたけているため、どうしても役柄を演じてしまい、そこにはある種の演技様式のようなものが見えてきてしまうことが多い。
 今回、久保が演じたカミサマ(遠山みち)は民間習俗の巫女的な役割をなりわいとしている女性で、それは普通の人とくらべると台詞回しひとつをとってみても、自然だというよりはちょっと変なのだが、久保には妙な存在感があって、「ひょっとしたらこういう人もいるのかもしれない」と思わせるような不思議な説得力があるのだ。
 物語自体はストレートである。舞台となっているのは青森県内の地方都市。カミサマと呼ばれて地元の町で近所の人たちに信頼されている祈祷師の老女がいる。彼女のところに以前から親しい関係にあった老人、佐嶋金治郎(宮越昭司)が亡くなった妻を呼び出してほしいとやってくる。腎臓病が悪化しているのに、透析を拒否。もはや生きる気力を失って早く死んで亡妻に元へいきたいというのである。
 降霊して亡妻を呼び出した老女は老人に生きろと励ますがしばらくして、今度は老人の娘と息子が、老女の元に父親の一大事と相談にやってくる。父親は介護ヘルパーの女性が亡妻の生まれ変わりと信じている。これは悪い女に騙されているに違いない、というのである。
 老老介護の問題を扱った前作「ケンちゃんの贈りもの」同様にここでも「老齢と死」の主題が扱われ、それゆえ物語の背景の主題はシリアスなものだが、ここで畑澤が展開していくのはあくまで人情喜劇である。
 前作、「ケンちゃんの贈りもの」はO・ヘンリーの「賢者の贈り物」を下敷きとしていたが、この作品にはそうした特定のもとになった作品は存在しない。だが、物語のテイストとしてはこちらの方がよりO・ヘンリー的なテイストを感じさせる。この騒動は実はすべて老人を助けるために老女が仕組んだ芝居であった、というのがこの芝居におけるおとしどころで、そういう意味では下手をするとステレオタイプで安手の人情芝居になりかねないところ
なのだが、それをそうならずに救っているのは「カミサマの恋」という畑澤が企んだ仕掛け。王道だが実にうまくて、せつない。ちょっと昔の良質のアメリカ映画を連想させるような幕切れ。でも、それ以上に心に残るのは久保りつが「恋する老女、遠山みち」を本当にかわいらしい女性として、魅力的に演じてくれているからなのである。