クロムモリブデン「空と雲とバラバラの奥さま」@吉祥寺シアター
作・演出 青木秀樹
池村匡紀 岡野優介 葛木英 小林義典 武子太郎 戸村健太郎 土井玲奈 花戸祐介 森下亮 ゆにば 吉田電話 渡邉とかげ 浅場万矢(時速8次元) 阿部丈二 石井由多加
クロムモリブデンはモチーフは時事的な問題(いじめ、死刑制度、被害者の権利、尼崎のJR事故、別れさせ屋……)を扱うことも多いが、それは物語を進行させるための単なる道具立てにすぎない。舞台の眼目はむしろその主題を素材に「いかに遊ぶか」にある*1とクロムの作風について以前書いたが、今回の新作「空と雲とバラバラの奥さま」が何らかの時事的な問題をモチーフにしているかと考えるとよく分からない。もはやそんな社会派的な身ぶりは、どうでもよくなってしまったのかもしれない。舞台は森の中にあるという村(より正確に言えば2つの家族だけが住む集落)。そこに迷い込んでくるドキュメンタリー撮影班など登場人物は一応日本人なのではあるが、設定はどこか寓話(ぐうわ)的。ファンタジーなのだけれど、それよりもフォークロア(民俗学的な伝承)みたいな浮世離れした雰囲気が全体に漂っている。
この作品にはいくつかのモチーフが盛り込まれている。ひとつは事件の加害者が被害者を装いそのことで実際の被害者家族を逆に脅して、責任を取れと奴隷的な境遇に貶めるという話だ。これは外部向けに書いた前回作品、僕たちが好きだった川村紗也「ゆっくり回る菊池」とほぼ同様の設定である。青木秀樹によれば「同時に執筆していた時期があったため似てしまった」ということだが、「奴隷状態で支配されるとかいう主題がもともと好き」だともいう。そんな理由からか支配/被支配にかかわる筋立てがこの2作品ではともに描かれており、ある意味「姉妹編」と言ってもいいのかもしれない。
もう1つは戦前の日本のように妻妾が同居しているような世界である。実は青木によればこの作品はもともとはチャン・イーモウの「紅夢」を下敷きにしていたらしい。確かに第4夫人として渡邊とかげ演じる女性が村に嫁いでくるという辺りの設定はそうした面影を少しだけは残している。だが、全体のトーンはまったく異なる。このなんとも荒唐無稽で馬鹿馬鹿しくも見える物語が「紅夢」を下敷きにしているなどということは青木本人から聞くまでは想像することもできない。こんなところがなんともクロムがクロムたる所以であろう。
http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20120302
*1:「演劇の新潮流2 ポストゼロ年代へ向けて 第1回 クロムモリブデン=青木秀樹」WEB講義録 http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/10011201