死刑執行中脱獄進行中
シリーズ累計発行部数が9500万部以上を誇る「ジョジョの奇妙な冒険」の作者として知られる漫画家・荒木飛呂彦の短編漫画を原作に俳優・ダンサーの森山未來が主演した舞台「死刑執行中脱獄進行中」が全国各地を巡演中だ。東京公演(2015年11月20日〜29日東京・天王洲銀河劇場)はすでに好評のうちにその幕を閉じたが27日にその舞台を観劇することができた。
人気漫画やアニメの舞台化は「2.5次元」と呼ばれ1つのジャンルとなるほど最近では一般的となってきており、それほど珍しいものではない。そのジャンルも四代目市川猿之助が人気漫画「ONE PIECE」を歌舞伎化「スーパー歌舞伎II(セカンド)」として上演したりするなど広がりをみせている。だが、そんななかでも今回の「死刑執行中脱獄進行中」は異色といえるかもしれない。
「死刑執行中脱獄進行中」は死刑宣告を受けた男が監獄からの逃避行を試みるサスペンスで、そこは調度品が行き届き、まるで高級なホテルのようで監獄と呼ぶにはあまりにも豪華な設備。ところがそこで生活を始めた途端、施設全体が男を処刑しようとうごめき出す。つまり、この施設そのものが処刑のための装置なのであり、それに気がついた男はそこから逃れようと必死で奮闘するという物語だ。舞台ではこれをベースに、同じ短編集に収録されている「ドルチ 〜ダイ・ハード・ザ・キャット〜」のシーンが付け加えられて再構成された。全編で集団による身体表現を駆使しているのがこの舞台の特徴。
主役を演じる森山はもちろん持ち前の高い身体能力を生かして縦横無尽の活躍ぶりだが、それ以上にこの舞台を秀逸なものとしているのは集団演技による身体表現で舞台を支えた5人のパフォーマーたち(いいむろなおき、江戸川萬時、大宮大奨、笹本龍史、宮河愛一郎、森川弘和)の存在だ。例えばいいむろなおきはフランスでマルセル・マルソーの演劇学校でマイムを学び、その超絶的なテクニックで日本のパントマイム演者の第1人者。森川和弘はやはりフランスでマイム、ダンスを学びこちらも身体能力の高さを生かして小野寺修二作品などで活躍してきた。いずれも自らも構成・演出・振付をして作品を創作する日本有数のアーティストで国内だけではなく国際的な評価も高い。それがひとつの舞台で一堂に会するというだけでも相当に画期的なことだ。
そんな彼らが劇の冒頭しばらくの間は黒子のように頭まですっぽりと衣装をかぶっていて誰が誰か判別さえ難しいような演出になっているのだが、そんな状態でもマイムやアクロバティックな演技などそれぞれの得意技が繰り出されるとそれが誰であるかが一目瞭然で分かるのが彼らの凄さだ。
森山に加え彼らの名前をキャストに発見した時点でこの作品が普通の演劇作品にはならないだろうということは明らかなことだった。しかし、実際の舞台は見る前の想像を遥かに超えていた。集団マイムでは黒子的に様々なものが表現されるだけではない。舞台美術として最初地面に敷かれていた布がある時は家具の一部にある時は海やヨットにとさまざまな形に変容する。こうした処理は演劇ならではのもので、きわめて刺激的だった。
構成、演出、振付を手がけたのは、「冨士山(ふじやま)アネット」の長谷川寧。森山とはフジファブリック「夜明けのBEAT」(2010年)のミュージックビデオ以来のコンビとなる。長谷川によると「こうしたアイデアはすべて長谷川がひとりで出したというものではなく、森山を中心にパフォーマーが出してきたものをまとめた」ということらしい。現に集団演技を細かくチェックしてみるといいむろが得意とする集団マイム表現や森川がよく知るコンタクトインプロビゼーション的なダンス技法を取り入れた部分もあり、参加者がそれぞれアイデアを出したりしたものを持ち寄ったようだ。参加したパフォーマーはいずれもそれぞれカンパニーを主宰したり、自分自身で作品を作っている実力者ばかり。下手をすれば「船頭多くして船山に登る」となりかねないような局面でそれぞれの持ち味をうまく引き出した長谷川の手腕はなかなかのものと思わせた。
実はこの種の集団演技を駆使した舞台で私がここ20年ほどの間に日本で見たものでは突出しているものがこれまで3つあった。上海太郎舞踏公司「ダーウィンの見た悪夢」、西田シャトナー作・演出、惑星ピスタチオによるいくつかの作品、小野寺修二らによる「水と油」の舞台だった。今回の舞台はそうした過去見た好舞台と比べてもなんら遜色を感じなかった。
森山が主役を演じた舞台にはその身体能力の高さを生かしたものが多く、そのなかにはバーコフ演出の「変身」、シャルカウイ振付・演出の「PLUTO」、インパル・ピントとアブシャロム・ポラックが演出・振付・美術を担当した国際共同制作によるミュージカル「100万回生きたねこ」があった。それらの舞台も実際に生で以前に見ているが、純粋国産の座組ながらそれを上回る出来栄えだったと思う。東京公演の客層などをみると森山のファンや荒木飛呂彦のファンが多いようだが、私自身はこの舞台を今年のベストアクトの一角に入るべき舞台だと評価している。今後、舞台が行われる地域の演劇ファンにとっては必見の価値のある作品ではないかと思う。
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